髙宮 最近は「タイパ」「コスパ」を重視して学校行事や部活動に力を入れない学校もあるようです。3校はどのようにお考えですか。
海保 最近の若い人は映画を倍速で見ると言いますよね。それで視聴時間は半分に短縮できても、アートとしての映画の価値は抜け落ちてしまいます。学校教育も同じです。部活や学校行事などやめ、学習時間を増やして補習、小テスト等をやれば進学実績が上がるかというと、決してそんなことはない。実際にこの3校は、そんなことはしていません。むしろ部活や学校行事、課外活動など、受験に直接つながりそうにないことに力を入れています。そこで培った様々な資質や能力は学力を構成する重要な要素なのです。
衣川 一人で勉強するのは大変ですから、学校で教師が教えることはある意味では効率的な勉強と言えるかもしれません。あるいは、お金をできるだけかけずに、志望大学に現役合格するというのもコスパがいいと言えるでしょう。しかし、たとえば、できるだけ覚えることが少ない教科で大学受験をするということになってくると、ちょっと違うと感じます。効率良く競争に勝って高い学歴を手に入れたり、一流企業に就職したり、お金を儲けたりという考え方は本末転倒。教育というのは勉強することの楽しさに気づいてもらうこと、発見する喜びを体験させることだと思います。学校に来て、友だちととりとめのない話をしながら行事や部活動を一緒に楽しみ、がんばることを通して力をもらい、受験勉強にもその力を発揮するのが本校の生徒です。行事や部活動は学校生活にはなくてはならないものと考えています。
本郷 時間対効果や費用対効果と教育は親和性がないものです。教育における効果とは何なのか。なかなか見えにくいものだと思います。たとえば、理科の先生が時間をかけて実験の準備をすることで、生徒が理科好きになっていく、もっと知りたいという探究心を育てていく、それらがやがて確固たる学力につながっていきます。また、部活動や学校行事に熱心にかかわることで豊かな人間性が育ちます。友だちとのやりとりから得る学び、さまざまな壁にぶつかって乗り越えていく粘り強さ、それらもやはり時間をかけて獲得していくものなので、わたしたちには効率という発想がないということは確かです。
髙宮 生徒は学校行事や部活動にどのように取り組んでいますか。
海保 灘では毎年5月2・3日に文化祭を開催します。今年も生徒会の文化委員長の統括の下、300人余りからなる文化委員会がすべての企画運営を担いました。2日間で2万人規模が来場する大きなプロジェクトに携わることによって、生徒たちは企画力やリーダーシップ、グリットと呼ばれるやり抜く力、コミュニケーション能力など、さまざまな非認知能力を飛躍的に伸ばします。これもまた広い意味での学力です。
衣川 甲陽学院は中学校と高校が別立地で、学校行事やクラブ活動も別々です。中学校ではモデルとなる高校生の先輩が身近にいませんが、中3になるとリーダーとして生徒会やクラブの中心になったり、文化祭の企画運営を担ったりします。うまくいかないこともありますが、高1になると今度は高2や高3の先輩に学び、高2ではクラブや学校行事を仕切るようになります。中学でうまくいかなかったことも、そこで取り戻すことができます。立地が分かれていることで、いろいろな体験や失敗を繰り返しながら、生徒たちは豊かな経験を積んでいます。
本郷 東大寺学園のクラブ活動は中1から高2までの加入率が120から140パーセントで、兼部する生徒も多いです。中1から高3までが一緒に活動する良さもあります。高3の生徒が中1の生徒にトレーニングの仕方を教えている様子は微笑ましいものです。自分たちが大事にされてきたから後輩を大事にするというのも一つの伝統になっていて、そういうもことも含めて人間性が育っていく風土があるのがとても良いと感じます。学校行事も同様です。最大の行事は9月の文化祭ですが、高2による実行委員会が1年かけて企画を練り、その姿を後輩たちが見ています。上の学年になるほど縁の下の力持ちとして支えます。行事として楽しむだけではなく、そういうことを学んで成長していくのが学校行事の良さだと思います。