【特別座談会】

「考える力」をはぐくむ教育とは

[2]「自由」を重んじる理由

髙宮 各校がそれぞれ工夫した環境で考える力を育てていることがよくわかりました。共通するキーワードは「自由」だと思います。なぜ自由が大切なのでしょうか。

本郷 本校の教育方針の第一は「基礎学力の充実」と言いましたが、第二には「個性の伸長」を挙げています。そのためには自由な環境が必須です。自由がなければ個性はつぶれますし、自主性も伸びていかないからです。もちろん、何をやってもいいということではありません。社会で生きていく以上、人を傷つけたり、嫌な気持ちにさせたりする発言や行動はよくない。ただし、校則を設けてそれを避けるという手法は間違っていると思います。「校則に書いてあるからだめだ」という叱り方では、思考停止にいたらせてしまうからです。
 子どもが間違ったときに、なぜそれが間違いなのかということを諭して理解させ、成長を促していくことが大事です。わたしたちは生徒に従順さを強要することはありません。どの場面で何をするか、想像力をはたらかせるのが重要であり、自由を担保することは、教育にとって非常に大事だと考えています。

海保 多くの教育関係者は、できれば管理的な教育はしたくないと思っているはずです。しかし、それで集団生活が成り立たない場合は、ルールを導入していかなければならない。この3校は文書化された校則がなくても学校生活が成り立ってきたわけですが、ルールを文書化してしまうと、教員は守らせる側、生徒は守る側という壁ができてしまいます。本校にはそれがありません。教員と生徒の間に壁がない環境は守り続けたいと思います。
 文書化した校則はないものの、創立顧問の嘉納治五郎先生からいただいた「精力善用」「自他共栄」という校是が本校の生徒と教員の指針になっています。精力善用は、心身の力を最も有効に用いなさいという教えです。教育の場面では、自分の得意分野を見つけるということにつながります。もう一つの自他共栄は、自分だけではなく、他者も共に栄える社会をつくろうという意味。SDGsの基本理念である「誰一人取り残さない共生社会の建設」と同義です。この二つの理念は、灘校にかかわる者すべてが共有し、体現をめざすべきコアバリューです。

今西 今日の座談会のテーマ「考える力を育む教育」を論じるときには、考える力を妨げるものは何かと考えたほうがわかりやすいでしょう。自分で考える力を妨げるもの、それは大人が指示したり、禁止したりすること。つまり過保護や過干渉を避けることに尽きるのではないでしょうか。

髙宮 自由や自主性を重んじる3 校では、学校行事も生徒が主体です。コロナ禍ではどんな状況だったのでしょうか。

海保 最大の行事である文化祭は、すべて生徒が企画・運営しています。文化委員長を頂点にする実行委員会は300人規模です。2020年はオンラインで、翌年からは入場制限をしながら、試行錯誤しつつ実施してきました。こうした大きなプロジェクトを生徒だけで運営することで、授業だけでは育たない企画力やリーダーシップ、コミュニケーション力が育つとつくづく感じています。

今西 新型コロナ対応が必要だったこの3年間は、本校のように自主性を重んじる学校には逆風でした。そのなかでできるだけのことをしようと文化祭をオンラインで開催するなど、生徒たちは工夫をしていましたが、十分ではなかったと思います。今後制限が緩められていくなかで、ある程度のリスクを覚悟しつつ、やるべきことをやらなければ、本来育つべき力が身につかないと痛感しています。

本郷 本校の文化祭は高2が中心になって企画・運営し、文化祭を終えた翌日には高1が実行委員会を立ち上げて動いていきます。2020年は感染の波が落ち着いた時期だったため、保護者にも入場してもらいましたが、2021年は感染が広がったため生徒のみに。2022年は実行委員長が直談判にやってきたこともあり、事前予約制で人数を制限しながら来場者を受け入れることにしました。修学旅行も何度も延期しながら、修学旅行委員と教員が相談し、懸命に場所や時期を探して実施につなげてきました。コロナ禍でもそういう校風は変わっていません。

髙宮 制約があるなかでも、各校の生徒たちはみずから打開策を考えていたのですね。非常に心強いと感じました。